企救心理相談室店主の日記

日記、ラジオで聞いた話、メモなどです。

プチ介護生活 3月30日

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今日は福岡の大病院の受診日。

朝から具合が悪いというので動作法施術。10分弱の施術であったけど、だいぶ気分がよくなったという。

しかし病院には絶対行きたくないという。

やむなくキャンセル。

おじに連絡すると説教してきてうるさく思う。いい知恵があれば苦労しない。

親と中途半端に離れて暮らしているのがとても不便。

今更ながら13年前の決断を恨みたくなる。

 

しかし病院をキャンセルすると嘘みたいに元気に。

そんなに行きたくなかったのか。

 

「明日帰る」とまた言い出す。一人暮らしができそうに見えないが。

認知症が入ってくると、状況判断が甘くなる。

本人の意思など構っていられるかという気持ち。

今後のシナリオを考える。

 

昼食を食べた。何日ぶりだろう。

近所のクリニックも行かなくていいという。

 

いざというときを考えて、また介護のことも考えて、入院できる病院探し。

病院に勤める妻がソーシャルワーカーに聞いてくれた評判のよい病院に電話。

しかし検査などができる病院じゃないので、大手町などの大病院に一度かかってほしいという。

 

妻から電話。明日出勤していいか?

今入院させる状況でもないので「いい」というと、すぐに折り返し電話があって「明日休みを取って大病院を受診させる」とのこと。自分からは言いにくいので助かった。

妻には迷惑かける。

 

20時過ぎに帰る。夕食も比較的食べていた。

 

妻から「明日受診を断られたら金曜日に行けるか」と聞かれる。予約が入っているので難しいと答えると「家のことも考えてね。このままじゃ無理だから」と言われる。

 

非正規職の不自由さ。

 

孤独を感じる。酒量、タバコ本数が増えそう。

プチ介護生活 3月27日

比較的よく眠っていたよう。しかし食欲はないという。

 

一緒に食事したいので息子も呼んで朝食。

朝食後はこたつで横になっていたので、きついのだろう。

洗濯はちょっとしかないのでしないという。

 

こっちにもかかりつけ医が欲しいと思ってネット検索。小倉南区のOクリニックというところが漢方治療もやっていてよさそう。

 

一仕事終えて母親に電話する。出ない。すぐ眠ってしまうようで焦りを感じる。

 

ようやく出ると「もう帰る」と言って、話がなかなか噛み合わなかったが、かかりつけ医には何とか同意。

クリニックに電話。やさしい看護師さん。「癌だ」というと「ああ」と。

 

母親を迎えに行く。事務所は3時半で閉めた。お客さんが少ないとこういうとき助かる。

息子がクリニックを知ってた。「公衆便所のような建物のところ?」

 

受診。他に患者は1名。

やにつけたドクター。黄色のデニムにスニーカー。

経過を話すと「ここには何しにきた? 向こうで専門的な治療をやってるんでしょ?」と言われ怖くなる。

しどろもどろになりながら説明すると「漢方的には便秘を治すと食欲が出てくるかもしれない」とのこと。

脈、舌診、おなかの触診。

触診のとき小声で「悪い細胞が出ていると言われた」と話すと「ああ、それでね」と納得してくれた。

まだわからないが、診断、処方は的確な感じ。「攻める薬」を出してくれたよう。母親も喜んでいた。

薬局の人はいい人だった。

 

夕食前に漢方を飲む。かなり量が多かったが、「甘くておいしい」と。

 

薬がきいてきたのか早い時間からうとうとしだす。脳の調子も少し良さそう。

寝言も少し減ったかな。

プチ介護生活 3月26日

今日は病院受診日。妻が休みとって行ってくれた。

本人は機嫌よく、「もう帰る」と言っていたらしい。

 

私の仕事中に携帯がなる。「あまりよくないので月曜日にもう一度来てほしいと」

 

19時過ぎに帰る。母の靴があったのでホッとする。

駐車のときに妻から話。「悪い細胞が見つかってステージⅢbだと。」

ああ、やっぱり。

 

本人の顔を見るとなんか元気がない。本人には告げなかったみたいだけど、なんか感じ取ったのかもしれない。

 

食事は普通に。

 

布団を一緒に敷くと元気になった。

 

なるべく本人に働いてもらおうと思いつく。

明日はまず洗濯。

プチ介護生活 3月25日

母は眠りから覚めた時のせん妄がひどい。消化器系の痛み止めが効きすぎているのか。

今朝は、木曜日に診察があるので帰らないと、と言い出した。何日も前から妻が連れて行くとい行っていたのに。

 

調子が日に日によくなっているのはわかる。しかし少しよくなると帰ると言い出すのは困りもの。

 

朝食を孫と私と一緒に食べる。

 

午前中に風呂に入ってもらいたいので、血圧を測ると180。現実を素直に受け入れずすぐ測りなおす。測りなおして150台。本人は140台だと思っている。まあいいか。風呂は気持ちよかったよう。

 

うどんを作ってあげるつもりでいたが、時間がないのでつゆだけ作る。息子と自分の分を作るのを頼んで仕事に。火を消したか気になったが信頼することにした。

 

帰ると寝ていた。「おばさんが来てたでしょ? どこにいったんだろう。帰ったのかな」

 

夕食。少し食べていた。妻が「◎◎しないとだめ」式に脅すように話していたので叱る。「お父さんよりやさしいね、ハハハ」

 

明日の診察時間を確かめるため叔父に電話すると「どうするつもり? 頓珍漢なことばかり言ってる」ときかれる。

どうしても悲観的になってしまう。

 

うちにもう少し慣れてもらおうと思いつく。

プチ介護生活 3月24日

母が朝起きてきて「結婚式に出なきゃいけないのに、こんな服しか持ってきてない」とか嘆いていたらしい。

二度寝していたので8時過ぎに起こしに言ったらやっぱり言ってた。「今日は火曜日だよ。薬で頭がぼーっとしてるんだよ」と言うと「本当ね。ぼーっとしてる(服を忘れたこと)」と言う。

もうしばらくして覗くと久しぶりに化粧していた。仕事に行くとき見送ってくれたが、そういうことと関係あるのかも。

 

昼休みに電話すると「大丈夫よ」とのこと。昼ごはんも少し食べたらしい。

 

帰ると頭ははっきりしていて、ご飯も食べる。孫の誕生会も無事終了。

 

夜中笑い声を出して寝言でいろいろしゃべってる。右向きに寝かせたら静かになった。

 

※体はだいぶ回復。認知の低下をどうするか? 「明日帰る。病院に行かなきゃ」と言うので、「木曜日に連れて行く」と言ってもなかなか理解されない。

プチ介護生活 3月23日

昨年暮れから母親の具合が悪く、ご飯も食べられないというので、説得して(これが大変だった)、我が家に連れてきました。今日が2日目。

 

3月22日(日)

車を降りるときに転ぶ。神経薬の副作用もありそう。けど立ち上がったら元気に。

戸建てなので落ち着くとのこと。

皆で食事。少し食べる。

 

3月23日(月)

よく寝ておった。8時半ごろ起こしに行く。「よく寝た」。

朝食は食べない。

スポーツドリンクと薬を飲ませる。「気分がいい」とのこと。

布団を隣の部屋に移動すると、また布団の中に。

私は仕事へ。

 

一仕事終えて変えると、こたつでテレビを見ていた。孫と一緒。

ご飯を少し食べたとのこと。機嫌はいい。

 

19時半に帰ると、こたつに一人で寝ている。

 

夕食。妻が用意したものを平らげる。

 

21時半ごろ寝る。

少しすると「懐中電灯どこ?」と孫を呼びにくる。「千円どこかに行った。妹にあげないと」といって布団の中を探している。「夢だよ。」というが否定するので「明日探そう」と言って寝せる。

2020年3月17日の日記

昨日こたつでうとうとしてしまったせいか、ほとんど寝られずに朝を迎える。

そんなにきつくはないが、気持ち悪い。

 

仕事は検査が3件。合間にうとうとする。

 

昼食。和羅部に行ったらランチが終わっていたので、リンガーハットに。まぜ辛い麺 550円。

ボーダーラインでビリー・ホリデイのレコードを探す。

 

入院中の母親から電話。

 

お客さんからの電話、18時以降の正面玄関の閉鎖措置で帰りが遅くなる。風が冷たい。

 

生協、洗濯物、食事準備。

 

NHKの歌番組。森高も少し歳をとったかな。少しやせすぎとも思う。

 

息子が「キャプテン」のDVDを見ている。

 

「プロフェッショナル」は靴磨き職人。最近は五千円もしない靴を履いているので、ありがたみがわからない。

 

風呂。